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日本自由主義運動の主張とそれによる国家・政府批判

 今日の日本では、右も左も自由主義でもなければ小さな政府も目指していないのに偽りの自由主義や小さな政府を語る不届きな自由主義をまったくわかっておらぬ輩どもが横行しているようだが、市民一人ひとりが、自分の人生における自分自身の幸福 (Happiness) を、誰にも干渉されること無く自由に追求できる社会環境と政治・経済体制の必要性を説く、国家から自由になる思想が、本来の自由主義=リベラリズムである。よって、自由主義者=リベラルの敵は、大きくなり過ぎた「政府」であり、役人どもが押し付けてくる税制や軍事制度、福祉政策と、それを正当化させている偽善的「平等主義」、「人権主義」やネオコンの軍事力で世界を統制する「軍事主義」「帝国主義」思想なのである。

21世紀を迎えた世界で、「国家」や「政府」が、非効果的・非効率的な仕事しかできないことは今や常識とも言えるほど明確な事実である。透明性を欠き、財政赤字を累積し続ける国家予算を賄い、既に破綻したと言われる各種公的年金や政府による社会保険制度をただただ維持させるために、我々が必死に稼いだ収入や、家族から代々引き継がれる大切な資産から大きな税や社会保険料が取りこぼしなく徴収される。

(それが、はたして何に使われているのか少し考えてみれば、我々市民がいかに政府からその資産から生活の自由まで略奪されているかという事実に怒りが込み上げてくる。一部の政府権力者たちの独断で決行された、もはやわれわれ国民の意思も声も反映していない政府政策や公的制度や施設の数々。人々はもはや政府にも、そして政治そのものにも愛想を尽かしている。それでもその政府の繰り出す万年代わり映えのない政策や制度のために、毎月毎月苦労して稼いだ給料から50%近くも吸い上げられている。天引きだから、もう面倒くさくて正確にどういう項目でどれだけの金額が徴収されているのか確かめる気力も起きず、だらだらと「政府」がやっている「何か」のために払わされ続けている。)

国家の権力や機構は、恐ろしく膨張されることも簡単である。例えば、「有事」になれば、いつのまにか「増税」をして必要な資金を国民から巻き上げ、戦力が必要になれば「徴兵令」を発動して、国家を守るために大事な息子や親兄弟や友、さらには自分自身の身体まで有無を言わさず取り上げられてしまう(だがその一方で女性だけはなぜか絶対に徴兵されることはない)。そして、その軍事組織だけはどんどん拡大化し、市民は口出しすることも、抵抗することも不可能になる。過去二回の大戦や、朝鮮戦争、ベトナム戦争、そして今まさに侵攻中のイラク戦争が、その事実を物語っている。

アメリカでも日本でもその政府が甘言を弄して、人々に真の幸福と繁栄と自由を約束したさまざまなイデオロギー(共産主義、社会主義、福祉国家、人権思想、平等思想、民主主義、そしてニューディーラーやグローバリスト、ネオコンらが唱えるアメリカの経済力・軍事力による世界平和など)はどれも悲惨な結果で、大量の市民に犠牲者が出た上に、政府経済は破綻し国の借金だけが積み上げられている。

政府が好き勝手に権力を振り回して、判断を誤って、国民を教育や、朝日のようなクソゴミマスメディアどもで煽り立てて教育で洗脳・先導し、世界大戦に人々を二度も引きずり込んだ。国家のため、正義のため、世界平和のためと言って、国家予算に大赤字を上塗りして、アメリカに脅されて引っ張られてイラクまで行ってはどうやら、嘘の口実やでっち上げの正義やオイル欲しさのために、地元の一般市民への爆撃殲滅掃討虐殺大作戦を実施しているようだ……。

福祉制度や社会保険制度、年金制度等も大きな権力機構である。国営のこうした金融制度は、その運用資金はすべて有無も言わせず国民の給料や収入から天引きになっている。これは、強制的収奪以外の何ものでもない。その上この制度ができてから、人々は自分の老後は自分で考えて自分の責任でお金を準備するという人間の知恵と意欲を失った。政府が老人の面倒をみるようになってから、年寄りはその子どもや家族が責任と愛情を持って面倒を見るものだという人類の当たり前の習慣も消え去った。

昨今は気の利いた経済政治評論家は、公的年金制度は既に破綻しているから、これからは自分で自分の資産を守ることを学ばなくてはならない。そのためには、若い頃からの教育が重要だと言い出している。しかし彼らは、人々が自分の資産も自分で守れなくなったその真の原因には決して触れない。

教育が思うとおりに改革できないのも、学校そのものが、60年も昔に制定されたガチガチの国家統一指導内容統制による洗脳教育体制に管理されたままだからという、当たり前の事実には触れたがらない。だから、いくら自由な発想で新しい学校や教育スタイルを実現させようという積極的でアイデアと情熱に満ちた人たちも、政府が規制を掛けたり干渉したり見えない圧力で少しずつその意欲を失い、結局いつまで経っても新しい教育など実現されることはない。

経済評論家も、大学教授も誰も、新しい政策や思想を社会に提示するのブレインであるべき立場にあるのに、結局は国家や政府が恐いから、政府政策が行き詰まって世の中が悪くなる一方であるのに、この本当の原因である国家政府によってがんじがらめに張りめぐらされた政策のまずさを公にあげつらって批判したり、その改革や撤廃を主張する意欲も動機も喪失している。自由な意思と発想を持つ市民によって、主体的に新しい解決策を創造して行きましょうという一言が誰にもいえない。本当のこと、つまり政府の失策やその存在の有効性うんぬんを言ったら、政府からの大学への補助金も出なくなるし、市民ではなく「政府の」代弁者であるマスコミでも取り上げてもらえなくなる。

サラリーマンは、「集合主義(collectivism)」や「社会主義」を絵に描いたような企業に毎日通い、国家政府からの補助金や談合、護送船団、通産省 (MITI) の指導のもと横並びで成長させられた国家管理型経済体制のなか、いちロボットととしてその生涯の自由を奪われ、長年同じような環境で同じような分担の職務をただひたすらこなすために、ラッシュの電車で会社まで運ばれ、夜は仕事が終わるまで帰ることができない。

この生活を20年も30年も続けていれば、最後には人間の意志や意欲は麻痺する。家族を大切にする時間も気力もとうに失せ、政治にも社会活動や奉仕活動に捧げる余力も残らず、近所づきあいも世の中にも興味が持てなくなる・・・ 日本のサラリーマンをここまで酷使してボロ雑巾のようにしてしまったのは、まさに日本の政府による管理統制型の社会制度、経済政策である。そしてこのゆがみやひずみは、今の現役の家族を抱える中年世代と、就職してまだ数年の若い世代の日本人サラリーマンの中に現れてきている。

もういい加減に「政府」という機構は信用できない。訳の分からない税金はもうこれ以上払いたくない。自分たちのことは自分たちで決める、自分たちの家族の安全は自分たちで守る。資産の防衛も自分たちで考えて好きなようにやるよ。自分たちの地域の困っている人にも、政府が何とかしてくれといって他人頼みでほっておくのではなくて、自分たちで、ホームレスや差別の問題なんかも解決できるよ。 昔はあったはずの、町内会や近所どうしの助け合いという形がやっぱり一番効果的だったじゃないか。だから、どうか自分たちに政治も経済も福祉もまかせてくれ。どうか税金や社会保険金なんか勝手に取り上げて、効率が悪くて赤字だらけの年金制度、福祉制度、社会保護制度等々破綻しているくせに役人がその仕事を失いたくないから続けられている、なんていう制度のために無駄使いしないで。自分たちに自由な商売と資産管理をやらせてくれ。こう主張するのが、この17世紀からの本来の自由主義者である我々「真のリベラル」たちの主張である。

また自由主義者たちは政府による銃砲刀剣火器等のさまざまな武器弾薬兵器類の規制反対(武装権規制反対)、言論・表現の自由規制反対、煙草規制反対、麻薬規制反対、売春規制反対、ゲイ・レズビアン容認(しかしながらゲイ、レズビアンのための婚姻制度などという馬鹿げたものには完全に反対)、賭博の容認など現代社会におけるあらゆる分野の問題に関する政府からの規制や倫理・価値観の押し付け政策にも強く反対している。個人の自由な選択を優先し、政府の規制に徹底的に反対するが、幅広い市民層を自由主義に引き寄せている。さまざまな分野で、いかに政府が独断的な規制をかけているかという現実に常に焦点を当てている。自由主義とは、自らの価値観や行動に責任を持ち、自発的に生き方や思想を選びながら暮らして行く大人たちの生活に、政府がいかに干渉し「権利」と「自由」を抑圧しているのか、という現実生活のレベルから立ち上がった政治思想である。したがって、自民党も民主党も他政党も右も左も同じような反自由主義的なとち狂ったことしか言わなくなった現在の社会主義、集産主義、権威主義、国家主義的などうしようもない日本政情の中、自分たちの真の自由を求め続ける本物の近代市民たち、個々人の手に政治を取り戻し、経済活動の自由と自立の確立を目指す日本人民衆が、この真の自由主義=Liberalismの思想にその活路を見出しつつあると信じたい。

「日本人はいいかげん自由の多大なる損失に気付くのだ!!」←バスティアならこう云うはずである。

吉野 敬造

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